この記事で分かること
- 画鋲やピンの穴は、通常損耗として扱われるのが原則です。貸主の負担になります。
- 一方、ネジやくぎの穴は、借主の負担になり得ます。ここが分かれ目です。
- 設備の不具合は、自分で直さないでください。まず管理会社へ連絡を。
- 「穴を開けない」という制約は、方法を変えれば回避できることが多くあります。
分かれ目は「画鋲か、ネジか」です
賃貸に住んでいると、常についてまわる問いがあります。
「これをやったら、退去時に請求されるのか」
この判断には、国が示している考え方があります。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」です。
そこでの基本的な整理は、こうなっています。
| 区分 | 負担 |
|---|---|
| 経年変化(自然な劣化) | 貸主 |
| 通常損耗(普通に住んで生じる損耗) | 貸主 |
| 借主の故意・過失による損傷 | 借主 |
| 通常の使用を超える使い方による損耗 | 借主 |
そして、壁の穴については具体的な例示があります。
画鋲やピンの穴(下地ボードの張り替えが不要な程度のもの)は、通常損耗の範囲とされています。一方、くぎやネジによる穴は、通常損耗とは認められないとされています。重い額や棚を取り付けた場合は、修繕費を求められる可能性があります。
この一線を知っておくだけで、多くの判断がつきます。
ただし、ガイドラインは法律そのものではありません。実際の負担は契約内容によって定まります。特約が設けられていることもあります。契約書を確認してください。
作業別の判断
| 作業 | 賃貸での扱い |
|---|---|
| 家具の組み立て | 自由 |
| 画鋲・ピンで軽いものを掛ける | 通常損耗の範囲とされることが多い |
| 突っ張り棒、置き型の家具 | 自由。ただし壁の跡に注意 |
| 照明器具の交換(引掛シーリング) | 通常は可。外したものは保管を |
| 網戸の張り替え | まず管理会社へ相談 |
| 棚をネジで固定する | 要確認。借主負担になり得ます |
| カーテンレールの交換 | 要確認。既設を活かすのが基本 |
| エアコンの設置 | 要許可。穴あけを伴います |
| 壁紙の張り替え | 要確認 |
| 設備の修理 | 自分でやらないでください |
| コンセント・スイッチの交換 | 資格が必要。持ち家でも同じです |
この表で、「設備の修理」を明確に分けているのには理由があります。次に説明します。
設備の不具合は、自分で直さないでください
賃貸で最も損をしやすいのが、ここです。
給湯器、蛇口、エアコン、換気扇、網戸。これらは建物に付属する設備であり、貸主の所有物です。
経年劣化による不具合なら、通常は貸主の負担で修理されます。
ところが、良かれと思って自分で直してしまうと、こうなります。
- 費用が戻りません。本来払わなくてよかった支出です。
- 悪化させた場合、責任を問われる可能性があります。
- 設備を勝手に交換すると、原状回復の問題になり得ます。
連絡が先です。これだけ覚えておいてください。
「たいしたことないから」と自分で処理する人ほど、損をしています。数千円のパッキン交換でも、まず一報を入れてください。
連絡するときのコツ
- 写真を撮って送る。状況が伝わり、対応が早くなります。
- いつから、どんな症状かを記録する。
- やり取りは、記録が残る形で。メールやメッセージが確実です。
- 緊急時(漏水など)は、まず止めてから連絡。止水栓の場所を確認しておいてください。
最後の項目は、いま確認しておく価値があります。水が噴き出してから探すのでは間に合いません。
止水栓の場所と閉め方は、水まわりの修理に必要な工具にまとめました。
穴を開けずに解決する
「賃貸だからできない」と諦めている要望の多くは、方法を変えれば実現できます。
| やりたいこと | 穴を開けない方法 |
|---|---|
| 棚を付けたい | 突っ張り式の柱、置き型の棚 |
| 軽いものを掛けたい | ピンタイプのフック(穴が細い) |
| カーテンを増やしたい | 既設レールに後付けする金具、つっぱり棒 |
| 照明を増やしたい | コンセントから取る器具、クリップライト |
| スイッチを増やしたい | スマートプラグ、リモコン式 |
| 壁の見た目を変えたい | 貼って剥がせるシート(要確認) |
| 収納を増やしたい | 突っ張り式のラック |
| 家具を固定したい | 突っ張り棒式の転倒防止具、粘着マット |
とくに突っ張り式は、賃貸の強い味方です。床と天井、あるいは壁と壁の間で突っ張り、穴を開けずに固定します。
ただし、注意点があります。
- 天井の強度を確認してください。強く突っ張ると、天井材が傷むことがあります。
- 徐々に緩みます。定期的に締め直してください。
- 接地面に跡が残ることがあります。当て板を挟むと軽減できます。
- 重いものには向きません。耐荷重を確認してください。
「穴を開けないから何でも大丈夫」ではありません。跡が残れば、それも原状回復の対象になり得ます。
粘着製品には注意してください
「貼って剥がせる」とうたう製品があります。
便利ですが、剥がすときに壁紙ごと持っていかれることがあります。
とくに、日本の賃貸で一般的なビニールクロスは、表面の層が薄いものがあります。強い粘着力の製品を長期間貼っていると、剥がすときに一緒に剥離します。
目立たない場所で試してから使ってください。数センチ貼って、数日置いて、剥がしてみる。この確認で判断がつきます。
穴を1つ開けるより、壁紙を1面だめにするほうが高くつきます。
それでもネジを使いたい場合
重いものを掛けるには、ネジで下地に留めるしかない場面があります。
そのときは、次の順で考えてください。
- 管理会社に確認する。許可が出ることもあります。
- 穴の数を最小限にする。横木を1枚渡し、そこに自由に付ける方法があります。
- 下地に留める。石膏ボードだけでは、いずれ落ちます。
- 退去時の補修方法を決めておく。
2番の方法は、覚えておく価値があります。
下地の位置に木の板を数本のネジで留め、その板に棚を取り付ける。こうすれば、壁に開く穴は板を留めた分だけで済みます。
棚の位置を変えたくなっても、板の上で動かせます。壁に新しい穴は増えません。
下地の探し方は、壁に棚を付ける必要工具に詳しく書きました。石膏ボードに直接ネジを打っても効かないという点は、賃貸でも持ち家でも同じです。
小さな穴の補修
退去時に自分で埋めることもできます。
- 石膏ボード用の補修パテ:数百円。穴を埋めて、乾いたらならします。
- 色は完全には合いません。壁紙の柄までは戻りません。
- 下手に隠すと、かえって目立ちます。
正直に書くと、自分で補修するかどうかは判断が難しいところです。
雑な補修跡は、素直に申告するより印象が悪くなることがあります。隠そうとしたと受け取られかねません。
穴があること自体は、退去時の精算で扱われる話です。誠実に伝えるほうが、結果的に揉めにくいと思います。
近隣への配慮も、賃貸では重みが違います
法令や契約とは別に、集合住宅ならではの制約があります。
音です。
| 作業 | 音の伝わり方 |
|---|---|
| 手回しのドライバー | ほとんど問題ありません |
| ドリルドライバー | モーター音。短時間なら許容範囲 |
| インパクトドライバー | 打撃音が壁と床を伝わります |
| 金づちで叩く | 直接、構造体に伝わります |
| 床での木工作業 | 下の階へ振動が伝わります |
とくにインパクトドライバーは、集合住宅では避けたい工具です。
打撃音は金属を叩く音なので、空気ではなく構造体を伝わります。壁を隔てた隣室にも、下の階にも届きます。
家庭のDIYであれば、ドリルドライバーで足りることがほとんどです。違いはインパクトドライバーとドリルドライバーの違いにまとめました。
- 作業は日中に集中させる。早朝と夜間は避けてください。
- 床に厚手のマットを敷く。振動が伝わりにくくなります。
- 長時間になるなら、一声かけておく。後のトラブルを防げます。
- 切断や研磨は、屋外か店に任せる。
木材の切断をホームセンターに任せるという判断は、集合住宅では特に理にかなっています。詳しくは木工DIYを始める工具に書きました。
共用部分には物を置かないでください
もうひとつ、見落とされがちな点です。
廊下、階段、ベランダ。これらは多くの場合、共用部分であり、避難経路にもあたります。
作業中に一時的に物を出すことはあるかもしれませんが、置きっぱなしにはしないでください。消防法上の問題になることもあります。
とくにベランダの隔て板の前は、緊急時に破って隣へ避難するための場所です。棚や物置を置かないでください。
また、ガソリンやカセットボンベなどをベランダに置くのも避けてください。保管場所の考え方はカセットボンベの保管方法にまとめています。
入居時にやっておくこと
退去時のトラブルは、入居時の記録で防げます。
- 入居直後に、部屋全体の写真を撮る。日付が残る形で。
- すでにある傷や汚れを、細かく撮る。床、壁、建具、水回り。
- 気づいた点を、管理会社に伝えておく。記録が残る形で。
- 設備の型番を控える。不具合時の連絡が早くなります。
- 止水栓と分電盤の位置を確認する。
1番と2番が、最も効きます。
「最初から付いていた傷」を証明できるのは、記録だけです。数年後の記憶では、証明になりません。
入居の日に30分かけるだけです。この30分が、退去時の数万円を左右することがあります。
住まいのDIY、記事の一覧
| 記事 | こんなときに |
|---|---|
| 組み立て家具に必要な工具 | 家具を組む。転倒防止も |
| 壁に棚を付ける必要工具 | 下地の探し方を知りたい |
| カーテンレールの取り付け | 窓まわりの作業 |
| 網戸の張り替えに必要な道具 | 破れた網戸を直す |
| 水まわりの修理に必要な工具 | 蛇口の水漏れ、詰まり |
| 最初に揃える工具 | そもそも何を買えばよいか |
| 資格が必要な工事・不要な工事 | その作業、やってよいのか |
判断に迷いやすいこと
Q. 「原状回復」とは、新品に戻すことですか
A. 違います。ここが最も誤解される点です。
原状回復とは、入居時の状態に完全に戻すことではありません。
普通に住んでいれば、壁紙は日焼けし、床は擦れ、設備は古くなります。こうした経年変化と通常損耗は、貸主が負担すべきものとされています。
借主が負担するのは、故意・過失による損傷や、通常の使い方を超えた損耗です。
この区別を知らないまま請求を受け入れている方は、少なくないと思います。
Q. 契約書に特約があります
A. 内容によります。契約書を確認してください。
ガイドラインは、当事者間の合意を一律に否定するものではありません。特約が有効とされる場合もあります。
ただし、特約の有効性については、内容が明確であること、借主が認識していることなどが論点になります。
納得できない請求を受けた場合は、消費生活センターや、自治体の住宅相談窓口にご相談ください。無料で相談できる窓口があります。
Q. どこまで管理会社に聞くべきですか
A. 迷ったら聞いてください。聞くこと自体に不利益はありません。
「これくらいなら大丈夫だろう」で進めて、後から問題になるほうが困ります。
そして、許可が出れば、記録に残しておいてください。担当者が変わることもあります。口頭のやり取りは残りません。
メールで確認し、返信を保存しておく。これが確実です。
Q. 分譲マンションを買った場合は
A. 原状回復の問題はなくなりますが、別の制約があります。
マンションには専有部分と共用部分があります。
- 玄関ドアの外側、窓サッシ、バルコニー:共用部分とされることが多く、勝手に変更できません。
- 躯体(コンクリートの構造部分):穴を開けることが禁止されている場合があります。
- 床の遮音等級:管理規約で定められていることがあります。
「自分の物だから自由」ではありません。管理規約を確認してください。
Q. 工具を揃える意味はありますか
A. あります。工具は引っ越し先へ持っていけます。
賃貸だからDIYができない、と考える必要はありません。家具の組み立て、網戸の張り替え、水漏れの応急処置。どれも工具があればできます。
そして、これらの経験は次の住まいでも使えます。建物は借り物でも、身につけた判断力は自分のものです。
まず揃えるべき工具は、最初に揃える工具にまとめました。3,000円ほどから始められます。
おわりに
- 画鋲・ピンの穴は通常損耗とされるのが原則。ネジ穴は借主負担になり得ます。
- 原状回復は、新品に戻すことではありません。経年変化は貸主の負担です。
- 設備の不具合は、まず管理会社へ。自分で直すと費用が戻りません。
- 突っ張り式や粘着製品にも、跡が残るリスクがあります。
- ネジを使うなら、横木を渡して穴の数を減らす。
- 入居時の写真が、退去時のいちばんの備えになります。
賃貸のDIYは、「やってよいか」を気にするあまり、何もできないと思い込みがちです。
ですが、実際に制約がかかるのは「建物に手を加える」場面だけです。家具を組む、網戸を直す、水漏れを止める。こうした作業は、賃貸でも変わりません。
そして、制約がある場面でも、目的を果たす別の方法はたいていあります。壁に穴を開けずに棚を置く。既設のレールを活かす。工事をせずにスイッチを増やす。
「できない」ではなく「どうすればできるか」で考えてみてください。
なお、この記事は一般的な考え方を整理したものです。実際の負担区分は契約内容によって定まり、個別の事情によっても判断が分かれます。具体的な判断は、管理会社や、お住まいの自治体の住宅相談窓口、消費生活センターにご相談ください。